タンザニア広告代理店の思考

Trickster社という広告代理店をやっています。あくまで個人の見解です。

ファミリービジネスの強さ

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どうも、園部です。

 

ここタンザニアでは、家族経営をよくみます。

そりゃ、就職なんて簡単にできるものでもないので、他人雇用して給料払うくらいなら、家族や親戚に回したいと。もちろん、信用も担保していると。

 

必ずしも、企業を最適化するためを第一義とした結果の形態というわけではないと思いますが、結果的に家族経営の強さがあって、それはひとつのビジネスモデルに固執せずに、人ありきで稼ぐという形態になるように思います。

必要なところに雇用するのではなく、既にここの人がいてそいつはなにが得意だからそこで商売を考えようという、柔軟さというか。

 

 

人を採用するときには足りていない部分を補うためか、計画に基づいた拡大のための補充か、だと考えられますが、そうではなくそこに既に人がいてなんか稼がせないといけないという状況は、線をのばしたり太くしたりするわけでなく、点を増やすビジネスの拡大なんじゃないかな、と思います。

 

また、家族経営ってなんとなく組織のバランスが良い。

僕は会社って中学校とかでいうと私立より公立なんじゃないかな~って思っているんですが、ようは似たものを集めるというよりかは多様で、なんならやる気がそこまで高くない人もある種のバランス機能を持っているというか、コミュニティの健全さってあるんじゃないかな、って思っています。

似たものを集めて役割を割り振るよりも、ある程度得意不得意が明確でそこで集団のバランスってとれるんじゃないかな、と。わかりやすいし、息苦しくもないような。

 

家族がそもそもバランス・役割があるからこそ、家族経営ってそれに伴ってバランスとれているんじゃないかなって思います。

 

なにか、どうにか稼ぐことって自分ひとりで一から十まで完結することはできなくても、そういう集団のうえだと、なにかしらあるような気がするんですよね。それがバックオフィスのような業務でも、どうにか。

お金を稼ぐという行為は誰かから奪い取るわけではなく、誰かの役に立つことなので、誰の役にも立たないって逆に難しいと思うんですよね。

 

小さい経済圏の話でしょって言われてしまうとまぁ・・・て感じですが、でもそれが経済活動というものだと思うのです。

 

 

まぁ、血は繋がっていなくても家族みたいな会社を目指すぞ!(おあとがよろしいようで。)

 

 

選択におけるリスクとはなにか?

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どうも、園部です。

 

久しぶりすぎる更新です。(だいたいブログ記事の書き出しはこれ。)

あっという間に2018年もあと3か月だなんてびっくりですね。

というかブログを23歳から始めていたということにもびっくり。なんやかんや精神年齢はそのままに、歳だけとっています。27歳になりましたよ。

 

そしてさりげなくブログタイトルも変更。

なんか、俺起業家です!という感じでも色々な意味でない気がしてきたので。

 

 

日本で就活、就職もせずにアフリカで会社をつくって仕事をしているわけですが、そこまで悩んだわけでもなく、それこそドラクエ7のキーファばりにノリというか、勢いというか、直感で選んだ道ですが、振り返ってみてそこに後悔はありません。

 

 

なぜ後悔がないか、それはやっぱり考えた通りになっているからかなと思います。

 

仮に会社が潰れて日本に帰ってもフリーターとして生活してもいいと思っていたし、とかいいつつ実際に仕事して得られる経験は得難いものできっと自分自身を評価できるようにもなるから露頭に迷うこともないだろうし、と。

 

とはいえ借金まみれになるのや嫌だから、借入とかはせず小規模から始めよう、と。

やっぱり仕事は面白いし成長をしている実感もあるし、この土地も好きだし。

 

 

人は物事を悩むとき、失敗した最悪のケースを想像して、それをリスクと考えるように思います。とはいえ、最悪なケースって割とコントロールできると思うので、その線引きは自分で選択できるように思います。

やりたいことがあるのに、その線引きを考えないで、ただただ起こりうる最悪を考えるのは不毛。(だって最悪を考えだしたらきりがない。)

 

会社をやってみると、人をいくらで雇うか、それが会社に得か損か考えるし、その仕組みを体感します。そうなると、自分も雇われるのだったら、いくらくらいだな、自分って会社の仕組みにおいてこういうところで活きるしきっとこういう会社なら需要あるな、とか感じます。

 

僕が会社たたんで再就職しよう!って思っているわけじゃなく、優秀な同級生とかをみていると、むしろもっと高く評価するところ活きるところってあるのだろうな~って思います。

こういう優秀な人たちがみんなアフリカきちゃったら俺大変だな~なんて思いますね。

 

なにが言いたいかというと、会社興して失敗してたたむってちょっと周りにかっこつかないかもしれないけれど、自分自身の価値をなにより体感することでもあるから、リスクと思っていた部分がそこまでリスクにならないように思う、という感じです。

やり直しはきくし、なるようになるし、前向きに進んでいれば取返しのつかないことなどないんじゃないかな、と。

 

僕は、決して誰しも起業すべき!なんて思っていないのですが。

でも、起業したいと思って、ただ見えない先をリスクと怯えるのであれば、実はそれは踏み出すことでリスクではなくなるんじゃないのかな~ってことです。(責任はとれない!)

 

その決断した結果は必ずプラスになると思います。それで辛い思いもするかもしれないけれども。

 

後悔をしない選択するうえで重要なのは、そんなリスクじゃないことをちゃんとそう理解することなんだろうな~って思います。

 

一度強く思ってしまったことは無理やり消してもそれをやらない後悔はずっと残り続けるので、むしろそれが残るほうがリスクといえるのかもしれないな、と僕は思います。

 

 

いつも通りよくわからないですが、とりあえず更新したぞ、と。

 

働き方、生き方を考える

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どうも、園部です。

 

3月ももう終わりとはびっくり。

早いような長く感じるような、どちらの感覚もあります。

卒業式やら、桜の写真やらがSNSでは目立ち、そんな季節感や節目のようなものをしばらく味わっていないことをふと思い、若干センチメンタル。

 

社会人になっての一番の変化は自分をわかりやすく形容する学年付きの肩書がなくなったことかも、と思ったり。どんな1年だったかを振り返られるような過ごし方をしたいなーと思います。

 

 

さてさて、アフリカで、というか外国で仕事をするうえで雇用を生み出すことはなんかある意味礼儀のようなそういう風に思っている部分もあるのですが、僕が仕事にしている広告関係の人材はむしろフリーランスに憧れる人が多い印象です。

 

日本でもフリーで仕事をとれる環境が充実してきて、ライフワークバランスなんて言葉も馴染んできているかと思います。

 

僕もデザイナーさんやプログラマーさんなどと働く機会は会社内外でありますが、技術を持っている人は自分の価値をよくわかっているし、昨今の自分発信ができる環境下ではある種会社は仕事を獲得するためのツールでもなくなってきているな、という印象です。

自分がやりたい仕事を選べて、働く場所も選べるのがいいのは間違いないじゃないですか。

 

タンザニアでは、自分で$1,000/月稼げるとわかっている人は決して安定を求めて$800/月で雇用されたいとは思わないのが現状。

むしろ、$1,200/月くらいで自由度が低くなるうえに、伸びしろがなくなるかもと危惧してオファーを断る人もいると思います。

 

もちろんこういうのは限りなく小さいパーセンテージの層の話です。

しかし、決して海外の大学に通ったとか大学をでたとかではなく、パソコンが好きでその延長線上で、というようなタイプが多いです。

 

 

なにが言いたいかというと、タンザニアで感じることは雇用を生み出すことよりも、従業員にスキルを身に着けさせる、スキルアップさせることのほうを本質的に求められているのではないか、ということ。特に僕みたいな会社だと。

 

現地の一流企業に勤める人ほど独立精神が強く、副業に対する姿勢もかなりアグレッシブ。一流企業に勤めている満足感とか、安心感とかそういうのがないからこそ、向上心がすごい。

 

 

僕はなんだかこういうところに、日本以上に、あるべき働き方だなと感じる部分もあり、居心地の良さがあるのだと思います。

(日本の良さが当たり前になって、隣の芝生が青く見えているだけかもしれないけれど。)

 

単純に、みんな真剣に働き方とか、楽しい生き方とか、楽しく仕事するには、とかそういうことを考えているのだと思います。

あんまり考えなくてもいいというのも贅沢な環境なのかもしれませんが、そういう風に考えることでより目の前のことと真剣に向き合えるのだろうなとここにいると感じさせられます。

 

 

会社を好きになってもらってここで働きたいと思って欲しいのも正直なところですけど、同時にいつか独立して稼いでくれるようになる姿もみたいですね~。